イイ男の条件








「ね〜えみんな、今日のアタシ、何か違わない?」


唐突に告げられた月岡彰の言葉に桐山ファミリーのメンバーは一様に沈黙した。
体をくねらせて頬を染める彼の姿は、うっかりしていると先程食べた給食がリバースしてしまいそうな代物だと笹川竜平は思った。
誰も何も言わない。その間にも月岡は訴えるような流し目で桐山たちを見つめてくる。
しかし、誰も口を開こうとしない。開きたくもない、が正直な所で。
業を煮やした月岡がつまらなそうに眉を寄せた。


「んもう、分からないの!?駄目男ばっかりなんだからっ!」
「うるせーよオカマ、いきなり言われて分かるか。」
「いつもの倍くらい気色悪いのは分かったけどな」
「…やめとけよお前ら。あんま本当の事言うとこいつ」
「あ〜ら3人とも、可愛いお口してるのねえ、食べちゃいたいわ…っ!!」
「ぎゃー!こっち来んなッ!!」


厚い唇を突き出して迫ってくる月岡に沼井、笹川、黒長は身を寄せ合って後ずさる。
彼に逆らうとこういった身の毛もよだつ復讐が待ち構えているので気をつけなくてはならない。
プライドを傷付けられたオカマと学習能力のない不良少年3人が決死の攻防を繰り広げる中、唯一難を逃れた桐山和雄は真剣な面持ちで考え込んでいた。
が、月岡の謎かけは桐山の天才的頭脳を以ってしても理解できなかったらしい。凛とした声が沼井たちの叫び声に混じって響いた。


「月岡、何が違うんだ?」
「ま、桐山くんまでそういう事言うの!?アタシ傷付いちゃうっ、もう知らない!」
「もともとこっちは知りたくないっつーの…」
「馬鹿、竜平!!」
「…まだそんな事言う元気があるのね、りゅ・う・ちゃん?」
「ま、待てヅキ!話せば分か」
「月岡、何が違うんだ?教えてくれないか。」


かなりどうでもいい事に拘り続ける桐山に沼井が複雑そうな顔を向けた。
オカマの事情を知りたがるボスを見ていたくないのが彼の本音だ。
そんな桐山に傷付けられたプライドか幾分癒えたのか、月岡は「しょうがないわねえ」と肩を竦めて言った。


「ルージュの色を変えたのよ。こんなに分かりやすいのに気付かなかったの?」


ルージュ。
つまり口紅のことだ。
いや待て、少し待ってくれ。
どこの世界に野郎の唇を注視する中学3年男子がいるというのだ。
それ以前に、口紅を塗りたくる中学3年男子がいるのもおかしい話じゃないか。
そんなイレギュラーな日常に気付けと言う方が無理だろう?


「…ああ、言われてみれば違うな」
「でっしょぉ〜?昨日たまたま見かけてね、アタシにぴったりな色だと思って買っちゃったの!どう?似合う?」
「いいんじゃないか。」
「きゃーっ、桐山くんだけよアタシのこと分かってくれるの!」
「ちょ、ヅキ、てめえ!ボスから離れろっ!!」


しなやかな巨体でぎゅっと桐山を抱きしめた月岡に沼井が慌てて出動した。
全力で月岡を引き剥がすも当の桐山は至極平然とした顔をしている。
沼井は思った。さすがボス、俺ならオカマに抱きしめられてこんなに平然としていられる自信はない。どんな時も冷静沈着にならなければならないのだ。……出来る自信は到底無いけれど。
すっかり機嫌をよくした月岡は制服の内ポケットから煙草を取り出して優雅に吹かし始めた。
フィルターに付着したダークレッドを眺めては気味の悪い笑みを浮かべる。背筋に悪寒が走った沼井たちだったが、改めてそれを突っ込むことはしなかった。ここにきてようやく学習能力が芽生えたらしい。


「でもねえ桐山くん。…っていうか桐山くん以外もだけど。もっと気遣いの出来るオトコにならなきゃ駄目よ?」
「何だよそりゃ」
「オンナノコの微妙な変化に気付けるようにならなきゃ、いい男にはなれないって言ってるの!…モテないわよ?」


最後の一言に笹川と黒長がぴくりと反応した。彼らほど大きくではないが、沼井も僅かに眉を持ち上げる。
桐山も聴いていない様でしっかり聴いているらしい。瞳は真剣に月岡を見つめていた。


「ど、どういうことだよ。微妙な変化って何だ?」
「今のアタシみたいな事よ!例えば髪の毛切ったとか、マニキュアの色変えただとか、さりげないけど気付いてほしいものなのよ」
「…そうなのか?」
「そうよー、これに気付けるのが真のイイ男ね!三村くんとかその辺ばっちりじゃない!」


ああ、気付いてくれるかしら三村くん…!
乙女モードに突入した月岡に桐山を除く全員が溜め息をついた。
よしんば気付いたとしても、あのサードマンが見てみぬフリをする事など容易く想像できるというのに。


「些細な変化に気付く、か…。覚えとこ。」
「太ったとかなら分かりやすいんだけどなー…」
「博、それ絶対NGだと思うぞ。」


こうして桐山ファミリーの昼休みは更けていった。
















教室に戻った所、人影が全く無かった。
そういえば5時間目は移動教室だったか。特に焦ることもなく自分の席に腰を下ろす。
午後からサボるという笹川たち(充は「ボスが残るなら俺も」と言っていたが、必要ないので断った。月岡は三村に会う為に授業に出た)と別れたはいいが、これといってする事も見つからない。
耳鳴りに似た静けさを感じながらそっと目を伏せる。
と。


「…っと、移動だっけ」


けたたましく開けられたドアの向こうから一人の女生徒が入ってきた。
、クラスメイトだ。
どこかとろんとした瞳から判断するに、また桐山のあずかり知らぬ所で寝ていたのだと知れた。
教室に半歩足を踏み入れた彼女はようやくこちらに気付いたらしく、やや驚いた顔をしながらもゆっくりと片手を上げた。


「…よ、一人?」
「ああ」
「授業出ないの?」
「ああ」
「あっそ」


机から音楽の教科書と筆記用具を取り出し、は邪魔くさそうに長い髪をかき上げた。
ふんわりとした香りが風に乗って桐山の所まで届く。
桐山の目が、開いた。



「ん?なに?」
「前庭にいたのか」


がぽかんとした顔をした。
窓の隙間から入り込む風が、絶えず彼女の髪を撫でていく。


「…何で分かったの」
「ツツジの匂いがした。確か前庭に植え込みがあるだろう?」


登校途中に見える鮮やかな花々を桐山は覚えていた。
あの時の仄かな香りを、今まさには纏っている。


「大正解。あそこ日当たりいいから気持ちいいんだよね。ツツジも綺麗だし。」
「そうか」
「そうかって…、あんたも綺麗だと思ったんじゃないの?」
「何故だ?」
「あんたが意味のないこと覚えてるようには見えないから」


どこか惹かれたからこそ、覚えてたんじゃないの?
そう言われても桐山には分からなかった。
ただ何となく目に付いて。
それしか理由らしいものは思い当たらない。
考え込んでしまった桐山に不安を覚えたのか、「ま、どうでもいいけど」とが話題を変えた。
何か閃いたのか、少し弾んだ声で続ける。


「今度さ、一緒にあそこでサボらない?屋上よりは過ごしやすいよ多分。」
「…一緒に?」
「そう。ファミリーとあんたとあたし。」


の口元には僅かだが笑みが浮かんでいた。
そもそも彼女が三村や瀬戸といった幼馴染み以外を誘うのも珍しい。
一体どうしたのだろうと考えて、ふとその理由に辿り着いた。


「…ああ、これのことか。」
「は?何?」
「お前も女なんだな」


突拍子のないその一言にはあんぐりと口を開けた。
あまり血色のよくない顔が、ほんのかすか赤く染まる。


「は、あああ?何それ、どこに話飛んだの?」
「いや、こっちの話だ。何でもないよ」
「気になるってば!何で一緒にサボる話からあたしが女だって話になったの?」
「…授業に行かないのか?」
「や、行くけど…。ねえ、何?何の話?」
「理解できただけだ。お前も女だと、ただ分かっただけだ。」




例えば髪を切ったとか。
マニキュアの色が違うとか、背が伸びたとか。
いつもと違うどこかに気付くだけで、喜ぶ。
それが女だというのなら。




「…いや、おかしいな。何故だ?」
「…今度は何よ」
「何故月岡には理解できたんだ?」
「だから、話がちっとも見えないんだけど。」




全てを知っているようで実は何も知らない天才少年が、事情を理解できる日は果たして訪れるのか。


もう一度風が吹き、優しいツツジの香りを運んだ。











陰呼さん10万ヒットおめでとうございます!

フリー配布されていたので、頂いてきてしまいました。
有り難うございました。
(この話と一緒に大佐夢も頂きました。)

素敵な小説をいつも有難う御座います。
これからも影ながら応援しています!!