美鞍くんのことは、クラスが違う頃から好きでしたし、同じクラスになった今も好きでいます。
ただ、私は、学級委員長という仕事に就かされているので、あまり、美鞍くんとも会話したことがありませんでした。
美鞍くんは、東中ガンズ…言っては失礼ですが、不良グループの中にいたので…。
会話出来るときと言えば、たまたま日直の仕事なんかが回ってきたときぐらいでしたし。
ですがそんな些細な事でも嬉しかったのです。今までは。










     切り裂いて















「カズ!オニギリ!何もたもたしてんだよ」
「おう、イッキ!ちょっと待て今行く」
「今日は何処の奴ら潰し行くんだよ?」

私はいつも、こんな美鞍くん達のグループを見ていました。
当然、近寄れるはずがありませんでした。
、あーいう馬鹿共とは付き合うんじゃないぞ。はアイツらとは違うんだ』
先生達が、いつも言うのです。
『はい、分かりました先生』
本当は思っても居ないことを、顔に笑顔貼り付けて答えました。


ー!今日これからみんなで遊び行くんだけどー、も行かない?」
「ごめん、今日は塾があるし…まだ先生に頼まれてた仕事片付けてないんだ…だからみんなだけで行って?」
「うん、分かったー。頑張ってね!」
「無理しちゃ駄目だよっ!」
「暇なときあったら言ってね、今度どっか行こーよ!」
「ありがとう…!」

みんな帰ったあとも教室に残っている事はしばしばでした。
本当は、塾も、仕事も、したくなんか無いのに。
私は先生の指示に従うだけの“良い子”で居たかったのかも知れません。


教室には私しか居なかったので、とても静かでした。
だから、いきなりドアが開いたときは吃驚しました。
まず時計を確認して(六時ちょっと前でした。ああ、早く塾に行かないと…。)、立ち上がって開いたドアの方に振り向きました。

「み、美鞍くん…!?」
「おう、じゃん。まだいたんだ?」
「あっ!えと、はい…!」

何度も言うようですが、会話なんて全然したことが無かったのです。

「そんな、怖がんなよ。まあ、俺だから、仕方ねぇか」
「す、す、すみません」
「あやまんなって、委員長サン?」

しばらくして思いました。
自分の顔、真っ赤になっているのではないかと。

「あ、あの、美鞍くん」
「何だよ?」
「どうして、教室に戻ってこられたんですか?」

何を聞いているんでしょうか私は。緊張のしすぎです。

「あー、いや、グローブどっか置いてきちまったみたいでよ、探してんだ」
「グローブ…あ!」
「おい、どした?」
「これ、ですか?」

私は、黒いグローブを差し出しました。

「お!それそれ!何でお前がもってんの?!」
「え、あ、さっき美鞍くん達が教室出て行ったあとで廊下に落ちているのを見つけたので。踏まれたらいけないと思って」
「マジかよ、サンキュー!これねえとA・T出来ねーからさ!」

手渡したとき、心臓が痛いくらいドキドキしていました。
こんなに近くにいたこと無かったので。
そうですかA・Tですか…て。あれ?

「A・T?」
「知らねぇの、?」

もちろん知っていました。
私も小さい頃から、専属のコーチについてもらってやっていたので。
尤もそれは、いわゆる室内でするダンスようなものだったので、町中を走り回ったりはしませんでした。

「いえ、知っていますけど。美鞍くんA・T始められていたんですね、と思って」
「おうよ、一応、小烏丸ってチーム作ったんだぜ。リーダーはイッキだけどよ」
「そうなんですか。では、東中ガンズはどうなされるんですか?」
「ガンズはもう…。これからは暴風族として俺たちが伝説作ってくってわけで」

その時の美鞍くんの顔はいつになく輝いていました。
美鞍くんは、私の思っているほど怖い人では無くて、むしろ更に格好良く思えてきました。

「格好いいですね…」
「…! そ、そうか…?」
「ええ、とても、なんか、一生懸命で」
「お、俺、今までそんな事言われたトキ無かったから、あー、なんて返せばいいのか分かんねぇや」

私ってば、何を言ってしまったんでしょう…!
ああ、恥ずかしい!
そうですよね、いきなりこんな事言われたら美鞍くんだって困ってしまうはず。

「いきなり、すみません」
「いや、お前が謝るコトじゃねぇしよ」

すぐに謝ってしまうのは、多分私の癖なんでしょう。

「じゃあ、俺、練習行くから」
「あ、ごめんなさい引き留めてしまって」
「良いよ別に、暇だしさ。 お前、もう帰るの?」
「はい。あ、でも、これから塾へ行きますので」

ああ、本当に時間危ういかも…。
学校から歩いて30分くらいだから、走ればもうちょっと速くいけるでしょうか…。

「でも、もう暗いじゃん?大丈夫かよ?」
「多分、平気だと。いつもの事なので」
「俺、ついて行ってやるよ」
「ええ?!だ、だって練習があるのでしょう?」

そんな、だっていきなり、美鞍くんと?!
え、なんで、ああもう訳分かんなくなって来ました…!

「さっきも言ったろ、俺暇なの」
「そんな、悪いです…!」
「いーから。これは俺の意思。てか、時間やばいんじゃね?」
「…はい」
「塾の場所どの辺?」
「駅の近くです」

どうしよう、心臓がドキドキ言ってる。
さっきまでのとは比べ物にならないほど…!




学校正門のところまで来て、美鞍くんが私を呼びました。

「はい、なんでしょうか?」
「A・Tやったことある?」
「はい、ありますよ。今鞄の中に入ってますけど、出しましょうか?」
「おう、じゃあ話が早ぇや。それに履き替えろ」
「え、でも、私全然速く走れなくて」
「全然構わねぇよ」

思えば、外で走るのはこれが初めてかも知れません。

「履いた?じゃあ行くぜ」
「でも本当、走れないので…!」
「手ぇ貸せ」
「え?」
「俺が走ってやるから、手ぇ繋げ」

そ、そんなことがあるでしょうか?
信じられない…。
大好きな美鞍くんと手を繋げるんですか?

「Go!!」
「ひゃぁっ!」
「しっかり掴まってろよ?」

は、は、速すぎです!
わわ、スカートがっ…!
A・Tってこんなにも速く走れるものなんですね。
街の灯りとかどんどん通り過ぎていって、耳元には風の音がして。

「美鞍くん」
「え?何?」
「すごいです、速くて、すごい」
「ん、まあな。ホントはもっと速いぜ」
「そうなんですか?」
「ただ、そんなスピード出すと腕にしがみついてる女の子がつらいだろうから?」

言われて気が付いたのですが。
私、手を繋ぐどころか両手で、美鞍くんの左腕にしがみついていたのです。

「…あ、あ、ごめんなさい」
「へーきへーき、女の子に掴まれてるなんて光栄!」


10分ほどで、駅に着いてしまいました。
これなら塾にも余裕で間に合います…!

「あの、有り難うございました」
「おう」
「もし良ければ今度お礼させて頂いても」
「良いって、そんな気にすんな」
「は、はい」

でも、お礼でもしないと、またずっと話が出来ない日が続いてしまいそうで怖かったので。
もっと、美鞍くんと一緒にいたいのに…。

「お、おい、。あの、さ」
「何でしょうか?」
「もし良かったらって話なんだけど」
「はい」
「A・T一緒にやらねぇ?走り方とか、教えてやるよ」
「は…?えっと、それは」
「あ、やっぱ俺が教えるんじゃ駄目?イッキとかの方がうめぇもんなぁ」
「そうじゃなくて。良いんですか?私なんかにわざわざ」
「全然! んじゃ、俺帰るからー、ベンキョー頑張れよ!また明日な!」

そう言うと美鞍くんは、また、すごいスピードで、今来た道を戻って行ってしまいました。
信じられない事ばかり、起きました。
初めて美鞍くんと喋って。
美鞍くんと一緒に走って。
A・Tを一緒にやろうなんて言われて。

「夢でなければいいのですが」

私は急いで靴に履き替えると、塾に入っていきました。



* * * * * * * * * *











  おまけ  
        〜二人が教室で話していたときの廊下〜

「駄目よイッキ、今入ったら!」
「んでだよリンゴ。カズが遅ぇから見に来たんじゃんか」
ちゃんと二人きりで話してるじゃない!」
「…カ、カズの野郎、俺より先に…ぬおぉぉ」
「馬鹿。 それにしても、ちゃんがカズくんのこと好きだったなんて」
「そ、そうなのか?話全然聞こえねぇけど」
「だってちゃんすっごく緊張してるみたい。私には分かる!」
「ふ、仕方ねぇ、その一途な恋心、この俺様が応援してやろうじゃねぇか」
「イッキ…何そのキャラ」
「うるへー。あ、やべ、出て来るぞ」
「隠れるわよイッキ!」

でした。




05/09/11 12:01