放課後の事です。
下校の支度を済ませた私は、先日の、A・Tの件について、美鞍くんとお話をしたいと思っていたところなのですが。

「カズ様ぁ〜!一緒に帰りましょうよ!!」

こう言うときに限って、邪魔が入るんですね。
はっきり言ってしまうなら、私は、この子、安達さんが嫌いです。

「エミリ、先行ってろ」
「えーっ!そんなぁ。 ま、カズ様の言う事ならなんでも聞きますけどね」
「あそ」

何かと言えば美鞍くんにくっついて、カズ様カズ様って。
あれじゃ馬鹿丸出しですよ。










          もっと










「美鞍くん…ちょっと、良いですか?」
「え、何、?」
「失礼な事聞くかも知れませんが」
「いいよ、全然」

こんな事聞くのは、野暮でしょうか?

「どうして安達さんの事は名前で呼ばれるんですか?」

美鞍くんは鞄に入れようとしていた教科書やノートやらをバラバラと取り落とすと、目を見開いて私を見てきました。

「あ、え、お前。何だよ急に」
「ただ、気になったのでお聞きしたんですが」
「何か怒ってる…?」
「いえ、怒ってなんか居ませんよ?」

怒ってる、はずないですよ。ただこれは、嫉妬心でしょうね。

「別に、名前で呼ぶのとか、意識してるワケじゃねぇし。何となく、じゃね?」
「へえ、そうですか」
「うん」
「それと…」

私が聞きたかったのは、これではありませんでした。昨日のA・Tの事です。

「あの、昨日のA・Tの」
「ああ!そうだそうだ!教えるんだよな、じゃ、行こうぜ!」

私が言い終わる前に、美鞍くんはそう言うと、鞄を持って立ち上がりました。

「公園、行こうぜ?」
「あ、はい、えっと…」
「もしかして今日は時間なさげ?」
「いえ、そうじゃなくて」
「え、どした?」

「ご指導、よろしくお願いします…!」

考えてみたら、教わるというのにお願いしますの一言も言って無くて。
改めて、美鞍くんに対して頭を下げました。

「そんなかしこまんなって、もっと気楽にさ。んじゃ、Let's go!」



公園では私たちと同じようにA・Tの練習に来ている方々がたくさん居ました。
そういう方々のトリックが決まったりしたところを見ているのも、悪くないですね。
いつか私もあんな風にジャンプとかターンとか格好良く決めてみたいです…。

「なあ、、教えるっつってもさ、俺、トリックとかあんま決めたトキねぇし。どっちかってとスピード勝負みたいな感じなんだけどよ、良いか?」
「はい!全然構いません!私も美鞍くんのように速く走れるようになりたいので!」
「そっか、良かった」


まず初めは軽く走る、と言う事で、公園内を回っているのですが。

「あの、美鞍くん?何故、私の後ろばかり走るのですか?どうぞ前に行って下さって構わないのに」
「あ、いや…。スカートがはためいてるなぁと」
「な、なに言ってるんですかっ!」
「俺も健全な男子中学生なんで」

え、え、美鞍くんて、こんな人じゃ無かったですよ。嘘…あ、でも、こんな人かも…。

「なんてのは、冗談で」
「ですよね…。あ、でもちゃんと下履いてるんで大丈夫ですよ?ほら」
「や、やめろよ、見せるな!分かったから!」

やっぱり、美鞍くんはこういう人でした。

「てか、さ、スカート丈長いよな」
「そうでしょうか?校則ではこんなもんですよ」
「今時校則そんなきっちり守ってる奴いねーぞ」
「…でも」

いままで、短くした事なんて無かったですから。そう言えば、周りの女子はみんな短いですね。

はスタイル良いんだしさ、足ほせーし、スカート短い方が絶対良いって」
「そ、そんな事無いですっ!!止めて下さい!!」
「そんな事あるから」
「う…っ」

スカート、短くしてみようかな…明日にでも。
先生に何か言われたら…いや、こんな事気にしてたらいけませんよね…!

「んじゃ、結構走った事だし、ちょっと速く走ってみっか」
「あ、はいっ!」
「そだ、ちょっとA・T見ても良いか?」
「はい、どうぞ」
「じゃ、座れんとこ…あ、そこ」

近くにベンチがあったので、そこに座りました。

「あ、脱がなくて良いから」
「そうですか?」
「うわ、何これ、超高いパーツ使ってんのな! うわ…良いな」
「親に、買ってもらったので…」
の家って金持ちだな」
「ま、まあ」

父は、一応、会社の(そんなに大きくもないのですが)社長だったので。
この辺りでは、お金はある方なのでしょうか。

「走ったら、擦りへっちまうけど、良いのか?」
「大丈夫です。気にしないで下さい」


美鞍くんが、私のA・Tを見ているときに思ったのですが、どうして私なんかに教えてくれるんでしょうか?
私としては少しでも(少しなんてもんじゃないですが)長く美鞍くんと居られるのは嬉しいのですが。
今まで、話をした事もなかった私に、何故?


「・・・」
「どーした、、黙っちゃって」
「あの、お聞きして良いですか?」
「何を?良いよ」
「何故私なんかに、教えて下さるんですか?」

美鞍くんは、先程教室で私が“名前のこと”を聞いたときと同じような顔をしていました。
ちょっと眉間にしわを寄せて、

「え、あ、そりゃ、なんだまあ…その」


自惚れて、良いんでしょうか?


期待して、良いんでしょうか?



「お前と一緒にA・Tしてみたかったし、あと、そのお前のことっ…?!

「え…?あの、大丈夫…」
「いってー、何だ」

「お兄ちゃーん!ボール取ってぇ!」

美鞍くんの言葉を遮るように、幼い声が聞こえてきました。
見ると、美鞍くんの足下にはサッカーボールが転がっていて。
少し離れたところから、小学生の男の子達が手を振っていました。
痛そうに頭を押さえている美鞍くんの代わりに、私はそのボールを取ると男の子達の方へ投げました。
ボールは、少し届きませんでしたが大丈夫だったようです。

「お姉ちゃんありがとー!」

「ちっくしょう、餓鬼共ー!ブッ殺すぞゴルァ!ファーック!」
「み、美鞍くん!おち、落ち着いて!」
「だってよ頭超いてーし」
「相手は小学生なんですし…!」
「くそ…俺、超かっこわりィわ」

そう言うとニット帽を外して、乱れた髪を整えてまたかぶり直しました。
格好悪いどころか、その動作一つ一つが私には格好良く見えて。

「まあ、なんだ、今の事は忘れてくれよ…。練習しようぜ」

「はい、じゃあ、お願いします」


本当は続きを言ってもらいたかったですが、美鞍くんがこう言う以上諦めます。


「じゃあまず、フォームだけど――」



期待したままで居ても、良いでしょうか?




05/10/03  22:50