春の陽気もうららかな昼休み。
心地よい気温も手伝って眠気を誘われる。
うとうとと窓から中庭を眺めていたは、木の下で何やらコソコソとしている人物を目に留めた。
「あそこに見えるはマスタング大佐ではないですかー」
幼さ
「おい、こら、待て、待て」
ロイは、逃げ回る犬ブラックハヤテ号を捕まえるのに必死だった。
捕まえると言っても、当の本人はただ触ってみたかっただけだったのだが、あまりに逃げるのでつい必死になってしまったという次第だ。少し動いただけだというのに、息が上がり始めていた。運動不足だ。最近はデスクワークが多かったのだろうか。
一方のブラックハヤテ号は、ロイを自分の半径一メートル以内に近づけない。
「何だ、お前はそんなに私が嫌いか、待てと言っている!」
「ワンッ!」
「ぐぬぅ…!」
ロイはじりじりとハヤテ号に詰め寄る。はあはあと息を切らし、両手を前に差し出し詰め寄る様は、さながら変質者のようだ。
ハヤテ号も一歩一歩後退するが、とん・としっぽが木の幹に触れる。
「ははは…!もう逃げられんぞ!」
普段の切れ者としてのロイ・マスタング大佐29才の面影はどこにもなかった。
「そらっ!」
一気に近づく。が、
「ワンッワンッ!」
「…あいたっ…!!」
ハヤテ号はロイの手をするりと回避し、ロイはといえば、あまりの勢いの為幹に頭突きを喰らわせていた。昼間だというのに、ロイの周りでは星が飛び交っていた。
「あははっ」
はその様子を見て吹き出す。そして慌てて周りを見回した。
良かった。誰にも見られてない…?何の前触れもなしに、一人で笑い出したのを見られでもしたら変に思われるに違いない。
もう一度窓の外に目をやる。
依然ロイはハヤテ号のことを追いかけ回し、時折おかしなポーズでハヤテ号を呼んだりしていた。しかし左手が頭に添えられている。まだ痛むのだろう。
「ふふっ、あれほんとに大佐?」
時計を見るとまだ休憩時間には余裕があるようだ。は、足早に部屋を出ていくと、ロイとハヤテ号戦闘中の木へと向かった。
「マスタングたーいーさ!」
少し離れたところから呼んでみるのだが、ロイから気付く気配は見られない。集中力は凄いらしい。
ロイは懐から何やら袋を取り出した。中身は食パンの耳。食堂でパンの耳を受け取るロイの姿を思い浮かべ、はまた吹き出した。
ハヤテ号に食べさせるつもりらしいが、果たして食べるのかはロイの知るところではないようだ。
「ほら!食べろ!」
手を伸ばし食べさせようとするがハヤテ号は口を開かない。
「何故お前は私の手からでは食べんのだ!」
「大佐!」
「おわっ…!?」
がロイの肩を叩くと、ロイは驚き、手に持っていたパンをバラバラと落とした。ロイの手から離れたそれをハヤテ号は待っていたようにくわえ始めた。ロイの手からではなければ食べるようだった。
「な、なんだ…か」
「あ、食べましたねーブラハ!大佐の手からは食べようとしなかったのに!」
「見てたのかね…?」
「はい!楽しませて頂きました!」
少々照れたようにロイはたじろぐと、パンの袋をしまった。自分で食べるのだろうか。
ハヤテ号は先程落ちてきたパンを美味しそうに食べていた。
「はは。恥ずかしいところを見られてしまったな…」
「大佐にも恥ずかしいなんて感情あるんですね」
「失敬な、これでもれっきとした人間だ」
「なんか…」
は落ちているパン耳を拾うとハヤテ号の口元へと運んだ。それを嫌がりもせずにぱくりと食べた。
「な…お前、なんで食べるんだ…」
「大佐って、こう、いつもエリートな感じがします」
「そうか?」
「だから、恥ずかしいとか、そういう感情的な物ってあんまり表に出さない人なんだと思ってました」
「まあ確かに」
「でも」
あんなに子供っぽい表情をして、たかが犬相手に走り回っている姿を見たら。
「なんだか大佐って可愛い人だなーって思いました」
「は…?」
「あ、ごめんなさい、失礼なこと言ってたら謝ります!」
「いや。私としては可愛いよりも格好いいの方が良いのだが…」
「だって幼い子供みたいでしたよ…!」
「ったく、かなわんなあには」
そうこうしているうちに、午後の勤務時間が始まる。この後はまた“エリートな人間”として、ロイは働くのだろうか。そう思うと、今のロイはとても貴重な気がする。
「お昼ご飯食べました?」
「いや、食べ忘れたな…」
「じゃあ、パン耳ですね。食堂でジャムとバターを頂いてきましょう」
「いや、ジャムは…甘いのは…」
「子供はジャムが好きなんです」
fin...
桐原いつき様へ捧げます。
大変お待たせしてしまい誠に申し訳ございませんでした。
最近少しスランプ気味だった大佐夢も、余り良い出来ではないかもですが出来上がりました。
もしこんなのでよろしければ幸いです。
本当にお待たせしました…!
06/04/16 時任